今月のGWに金沢へ行ったときに、鈴木大拙館へ寄ってしばらくその水庭でぼんやりして以来、にわかにじぶんのなかで「禅」ブームがむくむくと湧き起こりました。ここ数週間いろいろと禅関係の本を読んでいて、こないだついにその系譜の始祖たる『老子』を読みはじめたので、今回はその《道》についてご紹介します。

わたしたちの周囲にもこの中国伝来の《道》の思想は、神道や日本建築、茶道・剣道といったお稽古ごと、はては日本人に固有の「空気」にまで影響を及ぼしている、ひじょうに強力な概念装置です。その始祖たる老子自身は、この概念についてどのようなことを言っているのか?
「「道」が語りうるものであれば、それは不変の「道」ではない。「名」が名づけうるものであれば、それは不変の「名」ではない。天と地が出現したのは「無名」〔名づけえないもの〕からであった。「有名」〔名づけうるもの〕は、万物の(それぞれを育てる)母にすぎない」『老子』上篇第一章(現代語訳)
『老子』による道の説明はまず「名前」にかんしてはじまります。これは旧約聖書にも同じことで、2500年前に登場してきた聖典の多くはこの「名以前の事物」にかんして言及しています。ただし、旧約聖書が、名(ロゴス)の登場以降の天地創造を物語るのに対して、老子は天地以前の混沌とした事態について語っている、これは西洋と東洋の思想を分け隔てるもっとも顕著な特徴のひとつだと思います。
さて、この天地以前の状態とはいったいいかなるものであるのか? 老子は語ります。
「天と地にいつくしみはない。(それらにあっては)万物は、わらでつくった狗のようなものだ。...(だが)天と地の中間は、ちょうどふいごのようだといえるだろう。その内部は虚ろであるが、(力が)尽きはてることはなく、動かせば動かすほど(力が)多く出てくる。(いっぽう)口かずが多ければ、しばしば(ことばの威力は)使いはたされる。(心の)なかにじっと保っておくにこしたことはない」第五章

(老子が生まれた河南省の山々:彼もこのような自然のなかでその思想を磨いたのでしょうか...)
禅が無駄な言葉を嫌うように、老子も無駄なお喋りを嫌っています。人間にとって、天地が言語によって想像可能なものとなりその認知対象となるに先立って、天地の中間たるこの「あいだ」には、すでに名付けられた事物にはない、ある充実が存在している、と老子は説きます。この「あいだ」の空虚について、老子は第十一章にて、「粘土をこねて、容器をつくる。その何もない空間に容器の有用性がある。戸口や窓の穴をあけて、家をつくる。その何もない空間に家の有用性がある」とふしぎなことを述べているのですが、老子のこの言葉を引用しながら岡倉覚三は、その『茶の本』の中で次のように述べていました。
「虚はすべてのものを含有するから万能である。虚においてのみ運動することが可能となる。おのれを虚にして他を自由に入らすことのできる人は、すべての立場を自由に行動することができるようになるであろう...」『茶の本』岩波文庫p45-46
わたしたちが、真に活き活きとすることのできる運動は、言葉の内にではなく、言葉を発することがもはや不要でしかないある充実において、自己とは異なる他の立場や事物を自己の内に自由に入らせることができる。これは茶道にかぎった話ではありません。軒と軒の間の縁側とか、人里と山との間の里山などに代表される、日本文化に特有のこの空虚な「あいだ」概念は、老子の《道》概念にその由来を蔵しています。
この「あいだ」概念は後日またとりあげることにして、さて、このような《道》概念なのですが、そもそもその「道」という言葉に注目するなら、その言葉自体がはじめから「あいだ」のニュアンスを含有していることに気が付きます。「道」とは、何かへ到るまでの中間状態であって、わたしたちが変化するのは、この「道」の途上においてに他ならないからです。
そのため、老子の説く《道》概念は、「生成の場」として理解される必要があるとぼくは思います。それについて、上篇の最後の章ではこのように述べられています。
「「道」はつねに何事もしない。だが、それによってなされないことはない。もし諸候や国王たちがそれを保持したならば、あらゆる物は自然に変形するであろう」第三十七章
この文章の後は次の文句がつづきます。
「変形した物たちが頭をもたげようとしたら、われわれは「名づけられない樸〔あらき:材木や岩石など手を加えられていない自然の原料〕」の重みで抑制すべきである」
ぼくはこの文章を読んだとき、とりわけその最後の「抑制すべきである云々」を読んだとき、まっさきに、日本文化に特有の「空気」あるいは「雰囲気」を思い浮かべました。
日本人は共同体全体の空気を読みすぎるため、個人主義的な振る舞いをなかなかとれなくって、「出る杭打たれる」な社会主義的状態がすっかり醸造されている、とはよくいわれることです。
けれど、老子の《道》概念を、そのような「個の抑制」という観点からではなく、「自然の生成」の相から眺めるとき、わたしたちの日本文化観はまったく変わってしまうのではないでしょうか。すくなくとも、実際はそのような「出る杭打たれる」状態であっても、老子の思想にとって、その理念的には《道》は、新たなものの萌芽を摘んでしまうことなく、むしろそのような萌芽たちを積極的に促進するような、そうした雰囲気を社会に広めるような類いのものだと、『老子』を読んでぼくはそう感じざるをえませんでした。
老子の《道》概念には、わたしたちが日頃そう思い込んでいるのとはちがった、もっと奥深い思想が隠されているように感じられます。ぼくももうしばらく、この《道》に端を発する概念史のラインに沿って、いまの日本文化やその表象について考えてゆきたいなぁと思っています。

(ちなみに、GWに訪れた鈴木大拙館の水庭の写真:モダン建築と禅の静寂とがみごとに調和している建築でした)






